【介護コラム】勝ち逃げー第9話ー

第9話
もう安心。
ずっとこんな日々が続く。
その期待は、あっという間に霧散することになる。
感動の訪問を経て、その次の訪問時には、Iさんはすっかり元のIさんに戻っていた。
さすがに無視されるようなことはなかったが、湯島天神まで行ってしっかり合格祈願をしてきたことを話しても「あっそう」と言われ、今日の天気が快晴で気持ち良い事を伝えても「だから?」と会話を全て断ち切られた。
目の前で起きていることが現実だと信じきれないまま、私はまた謝るように配膳し、逃げるように退室することを繰り返すようになっていた。むしろ、一度光明が差しただけに、その辛さは以前よりも重さを増して、私の肩に、背中に、心にのしかかって来た。
今考えると、Iさんは、その頃から家の中を歩くにも、足取りの重さが出始めていたような気がするし、寝て起きるだけでも息が上がっていたようにも思う。
食欲が落ち、頓服薬の減りが早くなっていたような覚えもある。
全ての記憶はとても曖昧だが、恐らくIさんの体は、この頃から、いよいよ悲鳴を上げていたのだろう。そして自身に残された時間が、もうあまりないということを、Iさんはちゃんと分かっていたのだと思う。